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2つめのギークハウスの話

Last updated on 2021年4月4日

この記事はギークハウス Advent Calendar 2015の21日目です。

昔話

発端は、はてなついったー部だったように思う。

そこで見つけたはてな村の住人をtwitterでフォローし、他愛ない会話を交わし、オフ会に参加するようになった。

そのころ、僕は川崎で独り暮らし&フリーランス技術者をしていたのだけれど、とても安いアパートに住んでいたため、隣人の女性が夜中に頭を壁にぶつけながら泣いてたり、毎晩セックスしながら老人カップルが喧嘩していたりして、アパートに独りでいるのがとても辛かった。

そのころ読んだエントリがこれだった。

結婚したいわけじゃないけど一人暮らしはもう飽きたって人っていっぱいいるよね、って話。

はてなシェアハウスを構想する – phaの日記

そう、飽きてたし、疲れていたんだ。

なので、家で仕事しながらシェアハウスできるといいなあ、位の感覚で知り合いに話をして、向ヶ丘遊園に物件をみつけた。

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いくつかの個室と共用スペースがあって

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雀卓もあったので、麻雀大会をやったりした

8・16ギークハウス麻雀&花火大会 – phaの日記

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屋上からは多摩川の花火が見えて、インターネットの人たちが集まってて、たまやーとか言ってて、ついったー楽しいなーって思いながらビールを飲んだ。

しばらくは、いろいろな人たちが遊びに来て、楽しかったのだけれど、支援してくれていた会社の雲行きが怪しくなってきて、結局、半年後に閉鎖することになった。

その後、御徒町に引っ越してギークハウス御徒町(初代。現在のギークハウス御徒町ではない)を作って、秋葉原周辺に来た人たちがふらっと遊びに来て一緒に飯食ったりして、とても面白かったけど、僕が福岡に戻ることになって、そのしばらく後に、消滅した。

当時の住人や周囲の人たちにとても迷惑をかけてしまって、今でも当時を思い出すと申し訳ない気持ちがこみ上げる。

でもこの1年くらいの間に感じた、出会った人たちはみんなインターネットの向こうにいるんだなあ、という当時田舎では感じるのが難しかったオンラインの温度感みたいなものの経験は、その後、インターネットに絶望せずに済んでいる一つの理由なのかもしれない。

インターネットって生き物、人間なんだなーとか、空気感を共有するときにコンテクストがどうのこうの、みたいないろいろ教訓めいたことを当時はいろいろ考えていた気がするけれど、もう忘れた。

最近はなかなか会えないけれど、インターネットの向こうで喜怒哀楽を示しているみんなをヲチして、その温度感を福岡で感じながら、今日も飲むビールはうまい。

おわり。

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